愛しい人の傍らでわたしは泣く
2018.07.22 03:09|ユヴォ 短編|
※読む前に!
・キャラの設定は原作通りですが、世界観はパロディ風で勝利お兄ちゃんとかグレタはいない設定です。
・ヴォルフラム女体化です。
・最初、二人が少し致している描写があります。直接なのはないです。
・ユリツェリとユヴォが混在しています。最終的にはユヴォです。
・ユヴォに子どもがいます!名前もついてます!
・もしかしたらこれが今年最後の投稿になるかもしれません……。
・長いし、誤字脱字、誤用、色々あると思いますが多めにみて下さい!
陛下お誕生日おめでとう!一週間早いですが、先に祝っておきたかった。
好きな人と過ごせる日々はかけがえのないものだと思っていた。だが、そんなの思い違いだった。
今日もまた彼はわたしをあの人に重ね、わたしを抱いた。
「…くぅう、ふぅうう。すきぃぃぃ、すきぃ」
すき、すき、だいすきぃ……。ずっとまえから……。
そう呟きながらわたしの胸に顔を埋める彼。呟かれる愛の言葉を向けられているのは目の前にいるわたしではない。わたしに似た、わたしの……。
「だいすきだっ、ツェリさまっっっ!」
愛の言葉と同時に温かいものがわたしの体の中に流れ込んでくる。荒い息遣いも、滴り落ちる汗も、吐き出されたものも、ぜんぶぜんぶ、彼のものだと思うと愛おしさが心臓から血と一緒に身体中に流れ込んでくる。身体中が彼が好きだって、愛してるって戦慄いている。
あいしてる、あいしてる、あいしてる。
彼が、ユーリが好き。すき。
こんなに身体中で叫んでも、きっとユーリに伝わらない。
だってユーリは、わたしの母上を愛しているのだから。
「なあ、ヴォルフ。ツェリ様っていつ帰って来るんだっけ?」
「…明日か明後日には帰って来ると思うが」
「そっか!じゃあおれ、ツェリ様の大好きなお菓子を用意して待ってようかなぁ〜。いやあ、楽しみだな。なっ、ヴォルフ!」
「…そうだな」
ユーリが楽しそうに母上の話しているのを見ると胸がキュッと痛くなる。それを見るのが苦しくて、辛くて、思わず涙が出そうになる。でも涙を見せたくない。
だって、決めたんだ。愛するユーリの前では泣かないと。わたしのユーリに対する想いを封じ込めてユーリの恋を応援する。そう決めたのだ。
だから、背を向けて目を閉じて眠りにつこうとする。全神経を集中すればすぐに眠りにつけるはずだ。そうすれば今の気持ちはきっと、明日の朝になったら忘れているはずだから。早く眠りに……。とそう思ったら、ユーリがそっと後ろからわたしの体を包み込むように抱き締めたのだ。
「ゆ、ゆうり?どうしたんだ…?」
振り向きざまにそう言ってみると、
「なんかヴォルフがそっぽ向いたから寂しくなっちゃって。ヴォルフ、おれにこうされるのいや?」
しゅんとして顔で、抱き締められたら。それでいて愛する人なら、嫌な訳がないじゃないか。もしかして、ユーリは計算してやっているのだろうか。
「…嫌な訳ないだろう。もう、ユーリはとんだ甘えん坊だな。子どもみたいだと、母上には好かれないぞ」
「へ、えっ、えっ、マジでっ!ツェリ様は子どもぽっい男は嫌いなのかよっ⁉︎」
「…そうだな。母上は年上で、優しくて紳士的な男が好きだからな。もしかしたら、ユーリは視野になんか入っていないかも、しれないな」
「マジか……」
本当は母上はどんな相手でも恋に落ちれば誰だって、好きになる。つまり、好みは好きになった相手ということだ。従って、ユーリも母上が好きになってくれれば嫌われるはずがない。素敵な殿方なら、誰でも好きになる。だからそんなこと関係ないのだがあんまりにユーリが母上に夢中だから意地悪したくなったんだ。
それくらいいいだろう?どんなに近くで想っていても、振り向いてくれないのだから。
「もう、いいだろうユーリ。早く眠るんだ。明日母上が帰って来るかもしれないんだから。いつまでもわたしに抱き付いてないで眠って……」
「やだ。このまま寝る。ヴォルフのおっぱい、ツェリ様のみたいで柔らかいし、眠り心地良さそうなんだもん」
「母上の、触ったことがあるのか?」
「まさか。それに女の子のおっぱいだって、触ったのはヴォルフが初めてだもん。あっ、経験もなっ」
「それはわたしもだ。ユーリが初めてだ」
「本当はさ、好きな人が良かったけどな」
それを聞いて胸がキリッと痛む。分かってる。何度も聞いた言葉だ。今更そんなことで泣くようではユーリの伴侶は務まらない。
たとえ、選ばれた理由が母上に似ていて、母上といつか結ばれる為だと分かっていてもだ。
分かっていて、わたしはユーリの伴侶になったのだから。ユーリの、愛する人の側に居たい。愛されないと知っていても、側に居たいんだ。
「知ってる。いいから、離してくれ。本当に眠れない」
「やだ。なっ!ヴォルフをぎゅっ〜〜〜ってしたまま寝たいんだ。ダメ?」
「断る。甘えるのは母上にしろ」
「おれはっ!ツェリ様の前では紳士的な優しい男でいたいのっ。だからツェリ様には甘えない。でもヴォルフには甘える」
「なんなんだ。全く……」
上目遣いでそんな顔をされたら、断れない。もう勝手にしろと呟くと無邪気な顔で擦り寄って来た。わたしに甘えるユーリが愛らしい。なんで、こんなにも愛おしいのだろうか。
「…す…き……」
「うん?なんか言った⁇」
「…なんでもない……」
好き。好き。好き。好き。
永遠に言うことはないだろうけど、愛してるユーリ。愛されなくても、わたしはユーリを愛してる_____
*****
ゆうりすき。ゆうりすき。ゆうり……。
「ゆうり……」
寝ぼけながらユーリが寝ている場所を探るがそこに既に温もりがなく冷たくなったシーツを触るだけだった。
「…ゆうり……」
気だるい体を無理やり起こすと同時にドアを叩く音がした。返事をする間も無く部屋の扉が開く。
「ちょっ、ちょっと待て‼︎まだ服を着て……」
「入るぞ、おはようヴォルフラム。どうしたんだ?」
「いや別に……」
コンラートがいきなり入ってくるものだから、昨日のあられもない姿を仮にも兄には見せたくなかった。だから入られたくなかったが、寸前で自分が寝間着を着ていることに気づいたのだ。昨日はユーリと話し込んでそのまま寝てしまったはずで、着ているわけがないと思っていたがどうやらユーリが着せてくれたらしい。まさかユーリが……。
「どうしたヴォルフ。何で泣いているんだ?」
「ぅうう……」
ユーリがわたしに気遣ってくれた。"母上の代わり"である"わたし"を。
気まぐれかもしれない。たかだか寝間着を着せてくれたくらいで泣くなんて馬鹿だと自分でも思う。
でも嬉しいんだ。ユーリがわたしにしてくれたことが、"わたし"にしてくれたことが。小さなことでもわたしにはかけがえのないものなんだ。
「…ヴォルフ。大丈夫か?どこか痛いのか?」
心配そうにわたしの顔を覗き込むコンラートの顔が涙で滲んでぼんやりとしか見えない。
「どこか痛いならギーゼラを……」
「だいじょうぶ、だ。わたしはどこも痛くもない……」
「でも……」
「わたしは、大丈夫だ!」
涙で溢れた目を袖で無造作に拭いて、何事もなかったかのように振る舞う。不自然じゃないだろうか。
「ヴォルフ。何か辛いことがあれば言えば言ってくれよ。兄妹なんだから」
「いきなり兄貴面するな!」
「いきなりじゃなくていつも兄貴なんだけどな。はははっ、やっとヴォルフラムらしくなった。良かった元に戻って」
安堵の笑みを浮かべてわたしの頭を撫で子ども扱いするコンラートを少し頭にきたがわたしを心配してのことだから許すことにした。
「…それより、ユーリは。ユーリはどこへ行ったんだ」
「母上のところに、お前がまだ寝ている間に帰ってこられたんだ。快晴で海があんまり荒れていなかったから船が早く港に着いたらしくて……」
「そうか……。母上のところに行ってしまったのか」
「陛下は、すごく嬉しそうな顔をしていたな」
「……」
「…陛下はお前のことも大切にしているよ。でも」
ひどく言いにくそうな顔をしていたが、分かるんだ、コンラートが言いたいことは。
「母上を愛してる。わたしなんて、母上の代用品でしかない。分かってるんだそんなこと。それでいてユーリの妻になったんだから」
「ヴォルフラム……」
「愛してる。ユーリを。誰よりも。でもわたしはこの気持ちをユーリには言ってはいけないんだ。言ってしまったら母上の代わりですらいられなくなってしまう」
ユーリと結婚するしたいが為、わたしは自ら母上の代わりになると希望した。ユーリと婚姻関係を結べばビーレフェルト家は魔王との血縁関係を深くなり、政治の実権を握りやすくなる。我が家が安泰になる。また母上とも繋がりが深くなる、などなど。いかにもわたしは家の為に結婚したいと嘘を吐いた。またユーリもそれを疑うこと無くすんなり受け入れ、恋愛感情が一切無い政略結婚なら良心も苛まれることもないと了承した。
そうして、わたしたちは利害の一致で夫婦になった。
ユーリが身体を擦り寄せたりしたら、わたしは満足するまで貪られ喰われる続ける。
わたしにとったら、愛がなくてもユーリと触れ合えることは幸せという言葉以外表せないのだが、ユーリにとっては所詮母上の代用品。悪く言えば、性欲処理の人形でしかない、我儘なんか言ったらきっとすぐに疎まれ、飽きられすぐに捨てられる。代用品の価値なんてその程度だ。
「…いけないな。悲観してもしょうがないことなのにな」
自分が決めた道だ。
なら貫かなければ、自分が決めた道を歩むと。
「…取り敢えず夜着から着替えなければ。コンラート出て行ってくれ。たとえ兄妹であってあっても許さないぞ」
「はははっ、別にいいじゃないか。昔は一緒にお風呂に入った仲だろ?」
「そんなこと忘れたぞ」
「いつもの調子に戻ったな。泣きそうな顔よりも笑った顔の方がお前らしいよ」
と兄の笑みを浮かべて頭をポンポン叩き、踵を返した。
「…ありがとうコンラート」
兄なりにわたしを励ましてくれたのだと思うと身体の奥の中心が温かくなった。
わたしは大丈夫だ。これからもやっていける。
足をクローゼットへ向け、立ち上がった。
「もう陛下たったら。あんまりそんなことを仰るとヴォルフラムに怒られるますわよ?」
「本当ですって!おれツェリ様のことあいつより綺麗でこんな美しい人はこの世にいないっておれは思ってる……」
「…陛下。ふふっ、冗談でもうれしいわぁ〜」
二人は温かい太陽の真下、やわらかな芝生の庭で仲睦まじく談笑していた。ユーリの顔に見遣ると頬は緩ませ、わたしには絶対に見せない顔をしていた。太陽の光がユーリの顔を一層煌めかせているのか、恋している相手だからか。愛が溢れ出るくらいの温かい、優しい笑みを、母上に向けていた。一目でユーリが母上に特別な想いを抱いていると判る。
これが恋する相手に向ける顔なのか。
わたしはユーリ以外に恋はしたことがないから自分がユーリにどんな顔を見せているかなんて分からない。
でもわたしはユーリにこの身に抱えている想いを知られてはいけない。気づかれてはいけない。
「ツェリ様……。おれツェリ様のこと……」
「へ、陛下……?」
やめてくれ聞きたくないそんなこと。
愛するユーリが尊敬し愛する母上に愛の言葉を告げるなんて。
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
ききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくない
じんわりと目尻に浮かんでくる熱いものを流さないように上を向いた。そして無理矢理なかったことにすると、その光景を目にしないよう背を向け暗がりに逃げ込んだ。この切ない息苦しい想いを、全てを覆い隠してくれるような気がして。
「うううっっっ、ひっく、ひっく、うううっっっ、げほっげほっ、うぐっ、はあはあはあ…」
気管支に異物が詰まったみたいで息が肺に入ってこない。
くるしい、いたい、つらい。
もう、いやだ。むりだ……。
だれか、たすけて_____
いたむ胸を右手で鷲掴みにし、ひゅーひゅーと喉から漏れる呼吸と涙で汚れた顔を無視して壁伝いによろよろ歩く。
自分の部屋まで歩くのはなんてことはないはずなのに、この時ばかりは茨の道を歩いているようにも思えた。
辛く、苦しい、いたむ茨の道。
いや、この時ばかりは、じゃないな。今、ユーリとの関係を続けている限りはきっとこの道を延々と歩き続けるのだろう。
わたしは、これから耐えられるのか?
いや、耐えねば。自分で決めたのだから。
自分でこの険しく、永遠と続く茨の道を進むと。
「はぁはぁ、ゆぅり……」
息苦しさはそのうち慣れる、きっと。
だから、今は夢に溺れさせて。
ベッドに倒れ込んでシーツに顔を押し付けて夢の世界へ羽ばたいた。
近頃、体が妙に重い。空気の質量がずっしりと体全体にのしかかってくる。それに心なしかお腹が痛い。鎖をお腹に巻きついているようにも感じた。
いたい。
「いやだ、気持ち悪い……」
なんなんだ、いったい。
もしかして、体調が優れていないのはあれのせいなのか。
「ツェリさま……。大好き、世界で一番…愛してる……」
「陛下、あ、あたくしも陛下がすきよ…」
_____あの時、ユーリが母上に想いを伝えてから三週間。
二人はわたしに構うことなく着実に愛を育んでいた。
ユーリは母上の部屋に入り浸るようになり、わたしの元には帰って来なくなった。
まだ使用人らには知られてはいないらしいが、いつかは妻であるわたしが愛人であり、母上が本命だということが知れ渡るだろう。
白い手と手が重ねられ強く握り合われる度、黒と翠の宝石が見つめ合う度に二人の愛が溢れ落ちる。
それを遠目から見つめるわたしにはその間には入ることなんて到底できない。
光と光の間に一点の曇りは汚れでしかない。
耐えろ、わたし
耐えないと
耐えない、と
たえな、い、と
「うぅぅ。いたいぃ……いたいっぃぃぃ」
下腹部に強い痛みがじくじく針で突き刺されたように走る。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
苦しいよ
痛いよ
辛いよ
ゆうり助けて
もちろん心の中でユーリに助けを求めても助けてはくれない。自分でギーゼラのいる医務室に向かわねばならないのだが、下腹部にさらなる激痛が走ったので立ち上がることができず、地面に蹲るしかなかった。
あまりの痛さに耐えられなかった涙が一つ二つと玉となって落ちる。
もしも、やこのままだったらわたしは……。
ユーリ、ユーリ、ユーリ、
わたしは、わたしは、ユーリが、
「好きだ……ゆうりっ……」
そのままわたしは気を失った。
*****
……か。
……んか。
だれかが呼ぶ声がする。だれなんだ。
……でんか。
…ひでんか。
ユーリか?でも違う。
心地よい柔らかい呼び声がわたしを呼んでいる。
なあ、ユーリ。
わたしを呼んで。
最初に目が覚めた時に見るのは、ユーリがいい。
ユーリ、お願い。
ユーリにあいたい_____
……下。
……殿下。
「…妃殿下っっっ!目を覚まして下さいっ!」
一番最初に目にしたのは最愛の陛下、ではなく目尻に涙を溜めてわたしの左手を力強く握りしめ叫んでいる白衣の天使だった。
「ぎ、ギーゼラ…?」
「妃殿下が廊下に倒れていたので、急いで部下に頼み医務室に運ばせて鎮痛剤を投与し、処置しました。しかし、処置後も目覚めない妃殿下が心配で……。思わず、申し訳ありません。でも良かった、無事に目覚められたようで何よりですっ」
無理矢理明るい声で話すギーゼラは涙は残り、鼻をずるずる引きずっているようだった。
何だかんだ言って彼女とは幼馴染ともいえる関係だったし、余計に涙ぐんだのだろうな。
「ありがとうギーゼラ」
「お加減はいかがですか?どこか痛みが残るところはありますか?」
「ああ、取り敢えずは。処置してくれたおかげで今は、お腹は痛くなくなった」
「…よかった。ところで妃殿下、申し上げたいことがありまして……」
「なんだ?何かあったのか……?」
ギーゼラは複雑そうな顔で、口を開いた。
「妃殿下は……懐妊されて、います……」
「…はっ?じょ、冗談だろう?わたしが、妊娠?そんなわけない、そんなわけ……」
「…先程の激しい腹痛は恐らく妊娠の初期症状でないかと。他にも何か最近眠気が酷かったり、倦怠感はありませんでしたか?」
「…確かにあったが、でも、まさか。わたしがユーリの子を……?でも腹は膨らんでいないし、」
「初期症状ですし、それに腹部の膨らみの差は人それぞれです。妃殿下の場合は細身ですからもう少し経ったら変わってくると思います」
わたしは子がいるとは思えない腹をそっと撫でた。
ここにユーリとの子が……。
わたしとユーリの……。
そう思うと嬉しいようでもあり、一方で不安が過ぎった。
本当にユーリとの子なら、というかそれ以外にはあり得ない。わたしはユーリ以外の男と体を交わったことは生涯一度もない。無論、これからもそのつもりはない。
この身に宿った小さな命。
愛する人との、愛しい結晶。
嬉しくない訳がない。
でもわたしはユーリの妻あると同時に愛人でもある。
わたしは母上の代用品であり、性欲を晴らす為の道具だ。
愛なんて微塵もない。
愛する人に、愛されていないわたしに子が宿ったことを素直に喜べないのだ。
母上とユーリの関係は上々だ。いずれはわたしとユーリの仮の夫婦関係は世間に明かされる。そうしたらユーリはわたしとの婚姻を破棄し母上と結ぶだろう。そんなことになったら、これから生まれてくる子は忌むべき存在として罵られ、辱められ、陰鬱とした人生を歩むことになってしまう。
わたしだけならまだいい。どんなに誇りを傷つけられても構わない。でも、でも、わたしのせいでこの子を傷つけられるなんて……。
そんなの、耐えられない……。
「妃殿下。どうなさいますか?ここでもし、お産みになれば城中の者に知られます。勿論陛下にもお伝えしない訳にはいかないと」
「そう、だな……。隠し通すなんて無理なことだな。ユーリに知られずに産むなんて……。もし言ったらユーリは、この子のことをどう思うだろうか」
「妃殿下……」
「この子をどうするか、考えさせてくれ」
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愛する人との子をどうするか。
彼に言うべきか、言わざるべきか。
愛する人と愛する子ともに幸せな家庭を築きたい。
でも、そう思ってもきっと叶わないだろう。
自室の窓から夕闇の染まる空を見上げる。
ユーリのことを想う。大好きなユーリ、何よりも大切なユーリ。もしこの子のことを言ったら、ユーリはどんな反応をするだろう。
「ユーリ……」
「呼んだ?」
「うわぁ、ユーリ‼︎ど、どうしてここにいるんだ⁉︎」
「どうしたって……。それはこっちの台詞だよ。お前、廊下で倒れて医務室に運ばれたって聞いたぞ。具合はとか大丈夫なのか?」
ユーリはベッドに腰を掛け、わたしの額に額を近づける。触れ合う部分が熱を持ち始めた。黒の瞳がわたしにぶつかる。母上とではなく、今度はわたしとユーリが見つめ合う。わたしにしか愛情はなかったが、それでもあの時のような雰囲気を味わえて嬉しかった。まるでユーリと恋人になれたようで。
「うーん、大丈夫そうだな。顔色いいし」
「ああ、もう体調は大分良くなったから大丈夫だ。心配してくれたのか……?」
「当たり前だろ。だってお前はおれの奥さんなんだから。仮だけど」
「うるさいぞ、あっ、頭を撫でるな!子ども扱いするな!」
「うりゃうりゃ!ははっ、ほんとヴォルフは子どもみたいだからな。ついつい撫でたくなっちゃうんだよなー」
「コンラートと一緒じゃないか」
「…そうだ、ヴォルフに言っておきたいことがあってさ、」
"ツェリ様と結婚しようと思うんだ"
「そうか、良かったな。念願の母上と結婚できて」
「…きっと眞日に取り上げられたらお前とのこと色々言われるんだろうな〜〜〜。お前の叔父さんから滅茶苦茶怒られて、その上殴られるんだろうなぁ…」
「分からないぞ、むしろ祝福してくれるかもしれない。叔父上はお優しい方だから」
「でも結果的には叔父さんの大切な姪っ子を傷つけたことには変わりないだから、さ」
傷つけた?
ユーリは何に対して傷つけたと言うのだろう?
地位か、誇りか、それともわたしの心_____?
まあそんなはずがないか。
ユーリがわたしの心を汲み取るなんて、ありえない。
「幸せにな、ユーリ」
「ありがとヴォルフ。じゃあ、おれ行くな」
腰を上げて背を向けて出て行こうとする。
ユーリはもう、わたしとは終わりなんだ。偽りの夫婦ですらなくなってしまう。
ユーリ、行くな。
嫌だ、行かないで、行かないで。
「行かないでくれっ‼︎」
「ヴォルフ?うわぁっ!どうしたんだよ」
遠のいて行く背中を引き止めたかった。行ってほしくなかった。だから、ユーリの背中に勢いよく抱きついて止めた。本当はそんなことしてはいけないと判っている。でも……。
「いかないで……。いかないで……ユーリっ……」
「ヴォルフ……。どうしたんだよ、本当に」
まさかわたしがこんな反応すると思っていなかったのだろう。背中に縋り付いて、いかないで……。いかないで……。と泣くわたしにユーリはおろおろと困惑する。
「…なんだ……」
「なに?ヴォルフ良く聞こえな」
「好きなんだ、ユーリが……。世界で、いちばんっ!愛してるんだ……!」
言うつもりはなかった言葉。しかし、心の枷が外れたかのように涙とともに溢れ出すユーリへの想い。ずっと心に留めていた想いは止められなかった。
「うそだろ、そんな、だって、お前おれと結婚したのは家の為だって。恋愛感情なんかないって言ってじゃん‼︎」
「嘘だったんだ。だってそうでも言わないとユーリとなんて結婚できないと思って……。ユーリが好きだから、愛してるから、嘘でもいいから仮の夫婦になりたかったんだ……。お前にとって母上の代用品でもっ、性欲処理の人形でもっ、ユーリと一つになれて嬉しかった。生まれて初めて味わう最高の幸せだった……」
「……」
「でも、ユーリへの愛は、想いは嘘じゃないっ!命を懸けてもいい!お前を好きだっ、愛してるっ、母上よりもずっと、ずっと前から……。お前を、ユーリを……」
「そっか、でもおれはツェリ様を愛してる。お前がおれを愛しててくれてもそれは永遠に変わらない。…ごめん……」
わたしよりも泣きそうな、申し訳なさそうな顔をして唇を少し噛んでいた。
そんな顔を見てわたしも胸が痛くなる。違う、ユーリにこんな顔をさせたかったわけじゃないのに。
「わかってる。ユーリはわたしを愛さないことは……」
「…ごめん」
「ユーリは悪くないぞ。ほらっ、ユーリがなんでそんな顔をするんだ?」
笑ってくれ、とユーリの柔らかい頬を横にぐにっーと引っ張る。悲しい顔をしてほしくない。
ユーリには太陽のように光り輝く国の未来をも照らす笑顔でいてほしい。
これから先、新しい愛する伴侶ともにずっと幸せな家庭を築いてほしい。
「ユーリ幸せになってくれ、わたしの分まで母上を愛して下さい。母上となら必ずいい家庭が築ける」
これは本音だ。愛するユーリも愛される母上が幸せになることは、わたしにとっても幸せの極みだ。
「…分かってるって。勿論一生幸せにするよ」
「…ありがとう。幸せにな……ユーリ」
そしてさようなら、ユーリ_____
わたしはその瞬間、新しい命との未来を決めた_____
_____三度目の夏が訪れた。
お前がいなくなって三度目の夏。
じりじりと照りつける太陽が肌をこんがり焼いて、汗を噴き出させる。シャツに汗がへばりついて鬱陶しい。眞魔国のみんなはおれを太陽だのなんだの言うが、今の時期はその太陽を恨めしく思い、キッと睨みつける。
「あー、あつい暑い。マジで暑い。つか、こんなところにあいつがいんのかな……」
おれは眞魔国の外れたとある森に愛馬のアオを連れて、ある人物を探しに来ていた。
アオも舌を出し、体から汗を噴き出していてぐったりした顔。あからさまに暑そうだ。足取りもゆらゆらしている。
馬も人間と同じように疲れるのだなとしみじみ思う。
手綱を取り、しばらく歩き進めると森の出口が見え、ベテラン諜報員のグリ江ちゃんに教わった小高い丘に出た。そしてその先に真っ白なシーツが干され夏の爽やかな風になびいている、こじんまりした小さな家が見えた。
あそこか_____
二人が住む家は_____
家の中を窓から覗いてみると、二人の姿はなかった。
おれはアオの紐を近くの木に結んで、行ってくるなっ、と頭を撫でた。アオはヒヒーンと行って来いと言わんばかりの鳴き声でおれを送り出してくれた。
彼女らの家の扉のノブに手を掛け、回すと鍵はかかっていなかった。誰もおらず、留守だった。
不用心な。誰か入って来たらどうするんだ。女子どもだけで、守ってくれる人なんていないんだから。もし他に男を作っていたら、それはそれでムカつくけど。
「…おじゃましまーす……」
小さな声で忍び足で家に入る。見た目はこじんまりして小さな家だったが中に入ってみると案外奥行きがあり、魔王部屋を一回り狭くしたような大きさだ。ぐるっと回ってみると入るとすぐにキッチン、ダイニング、奥はリビング。玄関から入ってすぐ右の部屋は寝室。赤ん坊が泣いてもすぐ対応できるようにか、ヴォルフラムが使っているであろうベッドの隣にベビーベッドが置いてある。そのベビーベッドの隣にももう一つ別のシングルサイズのベッドが置かれていた。 あとは他の扉を開けてみてるとお風呂場、トイレとか。取り敢えず生活できる設備はあって良かった。
ちゃんと二人が生活できているようで、安心した。
「…ヴォルフ……」
会いたいな。二人に。早く帰って来ないかな……。
また寝室に入り、ヴォルフラムが使っているベッドに体を沈める。ヴォルフラムの匂いが染み付いた枕に顔を埋めて、くんかくんかと嗅ぐ。いい匂いだ。心が落ち着く。
早く帰って来て、ヴォルフラム。
会いたいよ。
最愛の人たちに_____
心の中で会いたい、会いたいと何度も呟く。
目を瞑ってしばらくするとアオが鳴いたので、窓の外を見ると何か白い塊のようなものを抱えた金色の髪を輝かせる美しい天使がこちらに向かって来ていた。それを見たおれはすぐさま飛び出し、扉を勢いよく開け彼女らを出迎える。
「…ヴォルフラム……」
ずっと会いたかった人の名前を呼ぶ。
「…ユーリ……。何故ここにいるんだ」
ヴォルフラムはあからさまに嫌な顔をして一歩ずつ歩いて来る。
「…お前に、ヴォルフラムに、その子に会いたかったんだ……おれの子に……」
ヴォルフラムは抱える小さな塊をおれに見せないように布で顔を隠し、その子をおれから遠ざけた。
「…わたしはお前に会いたくなんてなかった。それにこの子はお前の子なわけないだろう。邪魔だ、どいてくれ。そしてさっさと城に戻れ。二度と来るな」
キツイ言葉を淡々と並べて、おれを退いて家に入ろうとする。
その口調と言葉と態度に心が傷つくがこんなことでへこたれるわけにはいかない。そんな小さい意志でここに出向いたんじゃない。
「退かない。おれは、お前とそのおれたちの子を取り戻しに来たんだ」
「何を馬鹿なことを……。仕事の息抜きに昔の汚点に会いに来たと……。魔王陛下は随分とお暇なんですね」
くすくすっ、と妖しく笑う顔なんて初めて見た。この三年で体つきも、美しく、艶ぽっくなった彼女に胸を射抜かれ鼓動が速まる。母になるとはこういうことなのだろうか。
「お、おれは……。本当にお前に会いたくて会いたくてたまらなくて。今だって綺麗で色ぽっくてすげードキドキしてるし、こんな人がおれの妻だなんて改めて思ったり……」
「貴方の妻だったのは昔のことでしょう。冗談はやめて下さい。今は素敵な貴方の想い人が伴侶でしょう?わたしたちなんか構わないで、城に戻ったら如何でしょうか」
それでは、といそいそと通ろうとヴォルフラムの肩を掴み、その腕に抱える小さな塊を包む白い布をめくり上げる。
「なにを……、やめろっ!」
「うわぁ……。かわいいっ……」
漆黒の闇を秘めた煌めく宝石を持ち、ヴォルフラムに似たのか透き通るような肌と小さいぷっくりした唇。間違いない、おれの子だ。端正な顔立ちに生まれたのは母親似だが、黒目黒髪なところは父親似だ。
「おれとヴォルフラムとの、子……」
感無量だった。こんなにも愛らしい天使がこの世に生まれ落ちたなんて。大切な人との子で何より嬉しかった。
だが、
「ちがうっ‼︎この子はお前の子じゃない!何かの間違いだ!」
あくまで否定するヴォルフラム。黙ってられないおれも食ってかかる。
「じゃあ誰の子だよ、誰との間に出来た子どもだよ‼︎言ってみろよっっっ」
「……」
顔を背けて答えようとはしない。あくまで認めないつもりか。答えはもう出ているのに。
「…お前は、おれ以外の男として出来た子どもでも産むのかよ。その辺の男となら誰とでもして、そんな奴に種を植えつけられて、その腹に孕んだ子を産むのかよ⁈」
「それは……」
「それに黒髪って……。そんなの、この世界で二人しかいないじゃん。もしかして村田?でもあいつがヴォルフと……。そんなこと考えたくないけど!」
一旦速まる心を落ち着けて、両肩に手を置き言った。
「…お前は愛してる奴以外の子どもなんて産まないだろう……?なあ、ヴォルフ。誰の子なの?なあ、ヴォルフ」
言って欲しい。お前の口から直接聞きたいんだ。その漆黒の闇を秘めた宝石でおれを見つめる端正な顔立ちをした愛らしい天使の父親は誰なのか。
もし、お前がこの子を産んだ理由がおれとの子だったなら。
もし、お前がおれをまだ愛しているのなら。
それはお前が今もおれを想っていてくれているのだと、自惚れてもいいか。
「…わたしは……」
ヴォルフラムの返答を聞こうと唾を呑み込み、耳を澄ますがタイミングよく
「ふぇ、ふぇ〜〜〜。うわぁぁぁ〜〜〜ん。うううぅぅぅ……」
可愛い我が子は泣き出してしまった。あんまりうるさく親が騒ぐものだから、子は気分を害したのだろう。ヴォルフラムはおろおろしつつも、揺らし子をあやす姿は母そのものだ。
「ユウム!よしよし、いい子だ」
「…ごめん。おれ……」
「取り敢えず家の中に入るぞ。そこでこの子が寝たら話し合おう」
その言葉に素直に頷いた。確かにこんな暑い中、お互い辛いし、何より我が子が大変なことになる。許可なく既に入った二人の家に、正式に招かれ足を踏み入れた。
*****
すっかり泣き止んでベビーベッドですよすよ寝息を立ててる我が子をさっきまでのいざこざを忘れ、二人で見つめ微笑み合った。そしてダイニングに戻り、ヴォルフラムは透明なグラスに氷を入れお茶を注いでくれた。
「…ありがとう」
「ああ、ユーリ、さっきはすまなかった。色々と……。大人気なかったと思う」
「おれも悪かった。ごめん……」
お互い落ち着きを取り戻し、冷静に話し合うことを決めた。
「それで、まずヴォルフラムが産んだ子、ユウムって名前なのか?その子は誰との子なんだ?」
「…ユーリとの子だ。間違いない。今までユーリと以外やましい関係を持った男はいない。命を懸けてもいいぞ?…わたしはお前を愛していたから……」
「…ヴォルフ……。そっか、そっか、やっぱりおれの子だったんだ。よかった、ほんとに」
それを聞いて安堵の涙がほろり。本当におれの子で良かった。
「でもなんでおれの前からいなくなったんだよ。おれと、ツェリ様が結婚するって言ったからか?」
「…そうだ。二人の邪魔になると思ったから。二人が幸せになるのに、わたしとこの子がいたら邪魔になるだろう?それに二人が結婚したらいずれ、わたしとユーリの今までの関係が明らかになる。あのまま城に居たらこの子はきっと忌み嫌われ、迫害される。そうなったらこの子の未来はどうなる?わたしはこの子にはのびのびした明るいを築いていってほしかったんだ……」
「だから、誰にも知られない所で静かに暮らそう、って?」
「そうだな。お前だってその方が好都合だろう?鬱陶しい邪魔者が消え、愛する母上と一緒になれるんだから」
「…あの子が腹の中にいたのはいつから?」
「ユーリに積年の想いを伝える前に……。倒れたのもこの子を身籠ったことが原因らしい……。どうするか悩んだ。お前に言うべきか、言わないべきか。でも結局言わなかった。お前に振られたしな」
ひじをついて、手を組んで顎を乗せた。そしてそのまま窓の外を、遠くを見つめて悲しそうに、寂しそうにそう答えた。
「聞きたいことはそれくらいか?ならわたしも質問していいか?」
「うん、どどうぞ」
今度は逆におれが質問される番らしい。
「母上とは上手く行ってるのか?」
「…実はさ、お前がいなくなってさ、ちょっとギクシャクしちゃってさ。はははっ……」
「笑いごとじゃないだろう!母上とあんなに仲睦まじそうに笑い合って、愛を語らっていたのに……。わたしが、悪いのか……?」
「ちがっ!お前は何にも悪くないっ!全部おれが悪いんだ!おれがツェリ様も、お前を傷つけて……。おれな、お前がいなくなって、ツェリ様と一緒に過ごして行くうちになんか寂しくなっちゃって。おかしいよな、念願のツェリ様との結婚に嬉しいはずなのに。その前から、告白してからもずっと一緒だったのに……。それでさ、今さらおれ気づいたんだ」
柔らかいか細い手をおれの手で優しく包み込む。抱擁するように固く、強く。想いが、伝わるように。
これは一世一代の、本当に愛する人への告白だ。
速まる鼓動を体で感じながら、深呼吸し落ち着けさせ想いを言葉という形に変える。
おれは_____
「ヴォルフラムが好きだ。お前を愛している。お前の過去も、未来も、ずっとその先も。お前と、ユウムと一緒に歩んで行きたいです」
「…嘘だ。信じない。お前が愛するなんて永遠にないことだ。ありえない。大体お前は……。そうか、わかったぞっ!お前はこの子が欲しいんだろう?この子を欲しいが為に愛しもしないわたしに愛を囁いて、この子をわたしから奪いたいんだろう?そうだろう?それ以外考えられない」
ヴォルフラムはおれの手を振り払って、いきなり立ち上がった。そして勝ち誇った子どもみたいな顔をしておれに指を差した。
「違うっ、ほんとにおれはお前を好きなんだっ!確かにおれはツェリ様が好きだ。一目惚れだったよ。でもそれ以上にお前を愛してることに気づいたんだっ。…おれは、お前をツェリ様の代わりにした!ツェリ様と付き合いが為にお前を利用した!お前の気持ちを全然考えずに踏み捻った。傷ついたと思う。苦しい想いもさせたと思う」
「お前に何が……。お前にわたしの気持ちの一欠片でも判るのか?お前が母上に想いを馳せている間、わたしは何度枕を濡らしたこと。いや、そんなこともうどうでもいいな。そもそも、わたしたちはお互いの利害が一致した夫婦だったんだ。気持ちなんて考えなくて良かったんだ。わたしがどれだけ想っていようとも、ユーリは関係のないことだ。そうだ。むしろお前は正しかった。母上とともになりたいという自分の本能に従っただけだ。うむ、ユーリは正しいことをしたんだ。わたしの気持ちを考える方がおかしいんだ」
「ちがう!おかしくなんてない!人の気持ちを考えることは人間にとった何よりも大切なことだ。それをおれは馬鹿だから、考えないで自分勝手に行動して……」
「お前は魔王だ。自分勝手に行動していいんだ。お前が誰と付き合おうとも、体を重ねようとも、わたしは干渉してはいけないんだ。むしろわたしが馬鹿だったんだ。勝手に傷いて、勝手に泣いて、勝手に苦しんで。本当にわたしは愚か者だ。お前は何も悪くない。何も悪くないんだ」
おれの頭をゆっくり、優しく撫でる。ヴォルフラムの翡翠の瞳を見ると憂いに満ちていた。
「ヴォルフラム……。おれは、おれは」
「もういい。やめようこんな話。続けたってお互い幸せになれるか?なれないだろう?こんな話し合い、無意味だ」
不毛だ。終わりにしたい。
そう意味合いの言葉を表情からも読み取れた。ヴォルフラムはおれの本音をそう簡単には受け入れてくれなかった。それもそのはずだ。だってこれまで見知らぬ間にお前を傷つけ苦しめ、奈落の底に突き落としていたのだ。お前自身が気持ちを隠すのが上手くて、気付かなかったのもあるし、恋に盲目だったのもある。
今まで報われない想いを相手に抱き続けて、もがき苦しんできた人にいきなり好きだの、愛してるだの言ってもそう簡単には信じてはくれない。当然だ。それくらい酷いことをしていたんだ。
だから、今度はおれの番。今度はおれがお前を想い続ける番だ。
「…でも、おれはお前が好きだ。愛してる。それはこれからも変わらない。今は信じてくれなくてもいい。いつか伝わってくれればそれでいいよ。おれが信じてくれるまで、待つから」
「そんな日が来ると思うか?自惚れるのも大概にしろ。わたしの想いとお前の想いが掛け違えてる」
「掛け違えてなんかないよ。おれはお前が好きだし、お前もおれが好きだろ?両想いじゃん。ちゃんとした両想いの形になるまで、諦めないから」
「…勝手にしろ」
はぁっーーーと盛大に溜め息をついてユウムのいる部屋に向かった。半分呆れ顔であるが、一応ヴォルフラムを想ってもいい許可?をもらえた。
悪いけど、負けず嫌いだから。
そう簡単には諦めません。
自覚してからのおれはすごいんだからなっ。
お前がおれの本気を信じるまで付き纏ってやるから覚悟しろよ。
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ユーリがうちに来てもう何日も経つ。魔王なのに、こんな所に居ていいのかと思う。勝手にしろとは言ったものの、多忙で伴侶を持つ魔王がいつまでもこんな場所に居ていいはずがない。
城の重鎮たちは一体何をしているんだ。あるいは王が不在なので、その激務に追われているとか。兄上もギュンターも優秀だからな。だから誰もユーリを迎えに来ないのか?でもユーリの護衛のコンラートは?あいつならすぐにでも探しに来るはずでは……。母上だって心配しているはずだ。伴侶がいないのを心配しないはずがない。
当の本人は息子を呑気に高い高いして、遊んでいる。ユウムは父親に遊んでもらって満面の笑み。きゃっきゃっ、楽しそうだ。
わたしとしてもユーリが居ることでユウムの面倒を見てもらえて、その間に家事を済ませられるから楽で助かる。結局はわたしもユーリが居てくれて嬉しいんだ。
そう、ユーリが居てくれて嬉しい。
今ユーリのわたしへの想いは正直、半信半疑だった。
うちに居るようになって、ユーリはわたしに毎日必ず、"好きだ"や"愛してる"を言ってくれた。また昔のように体を求めては来なくなった。
ユーリが言うには、
「お前がおれの気持ちを信じてくれるまで、触れ合わないから」
らしい。
昔みたいに気持ちがすれ違いたくないと。変な所は真面目なんだ、あいつは。
ユーリは本当にわたしを愛しているのかもしれない。でも、怖い。
ユーリを信じたいが信じていいのか分からない。
頭の中で色々な葛藤が入り乱れる。
楽しそうな親子二人を洗濯物を干しながら見守る。
なんか、いいな。
このまま一緒に三人でここで過ごすのも悪くないな。
「ヴォルフっ!こっち来いよ!」
眩い光を放つユーリが何よりも愛しい。太陽と太陽の子を愛してる。
「仕方ないな……」
風がわたしの背中を強く押した。追い風は髪を巻き上げた一瞬前が見えなくなった。吹き上げられた金の髪の一本一本の隙間から二つの人影が見えた。
それがだんだんこちらに近づいて来る。
「誰だ……」
それは近づいて来るうちに見覚えのある二人だった。
「コンラートと、母上……」
二人がユーリを取り戻しに来たのだ。
「ヴォルフラム……。陛下……」
「ツェリ様、コンラッド……」
無邪気で明るい母しか知らないわたしは悲しそうな表情を浮かべた母に胸を痛めた。
「母上……」
「ヴォルフラム。会いたかったわ……」
ユーリを取り戻しに来たのかと思った。
しかし、母上は娘であるわたしの元へ来た。
「……」
なんと言っていいか分からなかった。城から逃げ愛人となった娘に伴侶となった母は何を思って会いたかったと言ってくれたのか。
「陛下、コンラート。あたくしヴォルフラムと話したいの。いいかしら……?」
ユーリたちはそれを目で頷き、三人はわたしたちから離れたところへ移動した。わたしと母上だけがその場で残った。
「座りましょう、立っているのは辛いでしょう」
「…はい」
静かに草の上に座り、母上に体を向けた。だが、母上の顔を見るのが怖くて目を背けた。
「…ヴォルフラム。あたくしは。あなたに謝りたかったの」
「…母上がわたしに謝る?そんな。母上が謝ることなんてありません」
「聞いてヴォルフラム。あたくし、あたくしはね。あなたの気持ちを考えずに、陛下と……」
「いいんです。ユーリは母上を愛していますから。母上もユーリを愛していて……。本当に幸せそうでわたしも娘として嬉しいです。ユーリとの結婚生活はどうですか?今ユーリはここに居座ってますが……。ですが、母上が来たらもう大丈夫ですねっ」
「ヴォルフラム。あたくしとね、陛下は結婚していないわ」
「冗談はやめて下さい母上。何をおっしゃるんですか?」
母上の冗談にわたしは信じられなかった。
ユーリと母上が結婚していない?
かといって母上が嘘を言うように思えなかった。
「何故ですか?母上とユーリはあんな、愛し合っていたのに……」
そういえば、ユーリに母上とは上手く行っているか?と聞いた時にギクシャクしていると言っていた。
それは一体……。
「…ヴォルフラム。あたくしね、思うのよ。陛下はあたくしの中のヴォルフラムを見ていたんじゃないかって」
「どういうことですか…?母上」
「あなたがいなくなって、一緒に生活していくうちにあなたの温もりが恋しくなったみたいで寝言でヴォルフラムの名前を呟いていていたわ。悲しそうに、寂しそうに。陛下は本当は心の中ではあなたを愛していたのよ」
「そんな……。ユーリは母上に一目惚れして、本当に母上を心から愛しています。わたしなんて、母上の代わりでしか見られていなくて、何度も何度も枕を濡らしました。ユーリはわたしを愛することは永遠にない。永遠に変わらない運命を嘆く日々でした。だからわたしはユーリと母上が結婚することを知って、邪魔にならないよう、ユウムとともに誰にも知られないような場所へ……」
「そうね、陛下はきっとあたくしを本当に愛していたのかもしれない。でもね、陛下は気がついていなかっただけで、本当の運命の人は身近にいたのよ。あたくしもその頃は誰も側にいてくれなくて寂しかったから、陛下からの寵愛が嬉しくて、あなたの気持ちを考えずに……。陛下との結婚に舞い上がっていたのよ。大切な娘の大切な人を奪って……。あたくしは母親失格だわ……。ごめんなさいヴォルフラムっ!あたくしっ、あたくしっ……」
「いいえっ!母上は悪くありません!わたしは母上を憎んだことも、恨んだこともありませんっ!わたしはユーリも、母上も愛しています……」
そう言って肩をぶるぶる震わせ、涙を流す母の体を優しく抱き締めた。
大好きな母上。恨むはずがない。
「ありがとう。ヴォルフラム。あなたも陛下をこうやって優しく抱き締めてあげなさいね。陛下はあなたを本当に愛しているから。信じてあげて、陛下を。陛下への愛を……」
そう言いながら母上もわたしの体を抱き締め返した。
そして耳でぽつりと呟いた。
「…あなたのことを愛しているから、あなたとの子もあんなにも愛を注いでいるのよ」
「そうなんですか……?」
「そうよ。じゃないとあんなに楽しそうな顔しないわ」
離れたところでユウムを一生懸命あやしているユーリを見ていて確かに楽しそうだった。
ユーリのわたしへの愛_____
信じていいのだろうか_____
「夜もどっぷり浸かちゃったな。ヴォルフラム。先に風呂入っていいよ。おれ皿洗っておくからさ!さっきまでユウムがくずっててお風呂入りそびれたろ?」
「ああ、ありがとう……」
ユーリが優しい。そんな気遣いが素直に嬉しい。
ふと、母上の言葉が思い浮かんだ。
"陛下を優しく抱き締めてあげてね"
"信じてあげて、陛下を"
わたしはユーリを信じたい。でも怖い。ユーリが本当にわたしを愛しているのか。
「ユーリ……」
母の言う通り、試しに彼の背中に顔を寄せて後ろから抱き締めてみた。
「…ヴォルフ。おれはお前がちゃんとおれの気持ちを信じてくれるまで、お前とは触れ合わないって言ったじゃん。昔みたいに、気持ちがないのに体だけの関係になんかなりたくないから……」
そう言い、体を引き離した。
ちゃんとわたしを待ってくれている。それは嬉しい。
でも……。
「…ユーリ。わたしは怖い。お前がわたしを愛する気持ちを信じていいのか……」
「それは……。信じられないのはおれの責任だから。だから、すぐにじゃなくていいから。ゆっくりでいいから、なっ?」
頭を撫でて気持ちを落ち着かせてくれる。
やっぱりユーリが好きだ。
わたしのことを想って、ちゃんと待っててくれるユーリが。
「ユーリ。わたしはユーリが好きだ。愛してる」
「おれも。おれもヴォルフラムが好き。愛してる」
「なら、問題ないな。ユーリ、ほら行こう」
「はっ?どこへ行くんだよ、ヴォルフっ⁈」
状況を理解してないって顔をするユーリの服の裾を引っ張って寝室に連れて行く。そして、ユウムが眠る中ベッドに押し倒してその上に跨る。
「…ヴォルフラム、さん?」
「夫婦は愛を確かめ合うのにそういうことをするだろう?なら、確かめ合おう。お前の愛とわたしの愛を、なっ?」
「後悔、しない……?」
「しないぞ、むしろ後悔するのはお前の方だと思うが?」
「そんな訳ないだろっ!もうぉ!」
今度こそ本当の愛のある抱擁し、唇を重ねる。
心も、体も、全て、愛を重ね合った。
「はあぁ、今日でこの家とお別れか……。寂しいな。三人の愛の家」
「仕方ないだろう?いつまでも魔王であるお前が城を空けるなんて許されないぞ。兄上やギュンターだって限界があるんだからな。ほら、早く行くぞ。ユウムが眠っている間に帰らないと」
「はいはい妃殿下の言う通りですーーー」
「なんだ!その適当な返事は⁈」
「怒んなって、可愛いなぁ奥さんは♡」
ふざけたことを言うユーリを他所に、待ちくたびれているアオに跨ろうとするが、ユウムを抱えているせいか上手く乗れない。それに気づいたユーリは体を持ち上げ乗せてくれた。
「ほらっ、ヴォルフおれに頼れって」
「ならわたしをちゃんと見てろ、バカユーリ」
「はいはい」
憎まれ口を叩きつつ、住み慣れた家に背を向けた。
さよなら、そしてありがとう_____
昔のわたしならユーリとこんな関係になれるなんて想像もしていなかった。
なのに今、こうして二人で一緒に未来へ歩いている。
いや、三人だな。
愛する二人とともに、過去も、現在も、未来も、抱いて生きて行く。
愛しい人の傍らで昔とは違う意味で涙した。
END
・キャラの設定は原作通りですが、世界観はパロディ風で勝利お兄ちゃんとかグレタはいない設定です。
・ヴォルフラム女体化です。
・最初、二人が少し致している描写があります。直接なのはないです。
・ユリツェリとユヴォが混在しています。最終的にはユヴォです。
・ユヴォに子どもがいます!名前もついてます!
・もしかしたらこれが今年最後の投稿になるかもしれません……。
・長いし、誤字脱字、誤用、色々あると思いますが多めにみて下さい!
陛下お誕生日おめでとう!一週間早いですが、先に祝っておきたかった。
好きな人と過ごせる日々はかけがえのないものだと思っていた。だが、そんなの思い違いだった。
今日もまた彼はわたしをあの人に重ね、わたしを抱いた。
「…くぅう、ふぅうう。すきぃぃぃ、すきぃ」
すき、すき、だいすきぃ……。ずっとまえから……。
そう呟きながらわたしの胸に顔を埋める彼。呟かれる愛の言葉を向けられているのは目の前にいるわたしではない。わたしに似た、わたしの……。
「だいすきだっ、ツェリさまっっっ!」
愛の言葉と同時に温かいものがわたしの体の中に流れ込んでくる。荒い息遣いも、滴り落ちる汗も、吐き出されたものも、ぜんぶぜんぶ、彼のものだと思うと愛おしさが心臓から血と一緒に身体中に流れ込んでくる。身体中が彼が好きだって、愛してるって戦慄いている。
あいしてる、あいしてる、あいしてる。
彼が、ユーリが好き。すき。
こんなに身体中で叫んでも、きっとユーリに伝わらない。
だってユーリは、わたしの母上を愛しているのだから。
「なあ、ヴォルフ。ツェリ様っていつ帰って来るんだっけ?」
「…明日か明後日には帰って来ると思うが」
「そっか!じゃあおれ、ツェリ様の大好きなお菓子を用意して待ってようかなぁ〜。いやあ、楽しみだな。なっ、ヴォルフ!」
「…そうだな」
ユーリが楽しそうに母上の話しているのを見ると胸がキュッと痛くなる。それを見るのが苦しくて、辛くて、思わず涙が出そうになる。でも涙を見せたくない。
だって、決めたんだ。愛するユーリの前では泣かないと。わたしのユーリに対する想いを封じ込めてユーリの恋を応援する。そう決めたのだ。
だから、背を向けて目を閉じて眠りにつこうとする。全神経を集中すればすぐに眠りにつけるはずだ。そうすれば今の気持ちはきっと、明日の朝になったら忘れているはずだから。早く眠りに……。とそう思ったら、ユーリがそっと後ろからわたしの体を包み込むように抱き締めたのだ。
「ゆ、ゆうり?どうしたんだ…?」
振り向きざまにそう言ってみると、
「なんかヴォルフがそっぽ向いたから寂しくなっちゃって。ヴォルフ、おれにこうされるのいや?」
しゅんとして顔で、抱き締められたら。それでいて愛する人なら、嫌な訳がないじゃないか。もしかして、ユーリは計算してやっているのだろうか。
「…嫌な訳ないだろう。もう、ユーリはとんだ甘えん坊だな。子どもみたいだと、母上には好かれないぞ」
「へ、えっ、えっ、マジでっ!ツェリ様は子どもぽっい男は嫌いなのかよっ⁉︎」
「…そうだな。母上は年上で、優しくて紳士的な男が好きだからな。もしかしたら、ユーリは視野になんか入っていないかも、しれないな」
「マジか……」
本当は母上はどんな相手でも恋に落ちれば誰だって、好きになる。つまり、好みは好きになった相手ということだ。従って、ユーリも母上が好きになってくれれば嫌われるはずがない。素敵な殿方なら、誰でも好きになる。だからそんなこと関係ないのだがあんまりにユーリが母上に夢中だから意地悪したくなったんだ。
それくらいいいだろう?どんなに近くで想っていても、振り向いてくれないのだから。
「もう、いいだろうユーリ。早く眠るんだ。明日母上が帰って来るかもしれないんだから。いつまでもわたしに抱き付いてないで眠って……」
「やだ。このまま寝る。ヴォルフのおっぱい、ツェリ様のみたいで柔らかいし、眠り心地良さそうなんだもん」
「母上の、触ったことがあるのか?」
「まさか。それに女の子のおっぱいだって、触ったのはヴォルフが初めてだもん。あっ、経験もなっ」
「それはわたしもだ。ユーリが初めてだ」
「本当はさ、好きな人が良かったけどな」
それを聞いて胸がキリッと痛む。分かってる。何度も聞いた言葉だ。今更そんなことで泣くようではユーリの伴侶は務まらない。
たとえ、選ばれた理由が母上に似ていて、母上といつか結ばれる為だと分かっていてもだ。
分かっていて、わたしはユーリの伴侶になったのだから。ユーリの、愛する人の側に居たい。愛されないと知っていても、側に居たいんだ。
「知ってる。いいから、離してくれ。本当に眠れない」
「やだ。なっ!ヴォルフをぎゅっ〜〜〜ってしたまま寝たいんだ。ダメ?」
「断る。甘えるのは母上にしろ」
「おれはっ!ツェリ様の前では紳士的な優しい男でいたいのっ。だからツェリ様には甘えない。でもヴォルフには甘える」
「なんなんだ。全く……」
上目遣いでそんな顔をされたら、断れない。もう勝手にしろと呟くと無邪気な顔で擦り寄って来た。わたしに甘えるユーリが愛らしい。なんで、こんなにも愛おしいのだろうか。
「…す…き……」
「うん?なんか言った⁇」
「…なんでもない……」
好き。好き。好き。好き。
永遠に言うことはないだろうけど、愛してるユーリ。愛されなくても、わたしはユーリを愛してる_____
*****
ゆうりすき。ゆうりすき。ゆうり……。
「ゆうり……」
寝ぼけながらユーリが寝ている場所を探るがそこに既に温もりがなく冷たくなったシーツを触るだけだった。
「…ゆうり……」
気だるい体を無理やり起こすと同時にドアを叩く音がした。返事をする間も無く部屋の扉が開く。
「ちょっ、ちょっと待て‼︎まだ服を着て……」
「入るぞ、おはようヴォルフラム。どうしたんだ?」
「いや別に……」
コンラートがいきなり入ってくるものだから、昨日のあられもない姿を仮にも兄には見せたくなかった。だから入られたくなかったが、寸前で自分が寝間着を着ていることに気づいたのだ。昨日はユーリと話し込んでそのまま寝てしまったはずで、着ているわけがないと思っていたがどうやらユーリが着せてくれたらしい。まさかユーリが……。
「どうしたヴォルフ。何で泣いているんだ?」
「ぅうう……」
ユーリがわたしに気遣ってくれた。"母上の代わり"である"わたし"を。
気まぐれかもしれない。たかだか寝間着を着せてくれたくらいで泣くなんて馬鹿だと自分でも思う。
でも嬉しいんだ。ユーリがわたしにしてくれたことが、"わたし"にしてくれたことが。小さなことでもわたしにはかけがえのないものなんだ。
「…ヴォルフ。大丈夫か?どこか痛いのか?」
心配そうにわたしの顔を覗き込むコンラートの顔が涙で滲んでぼんやりとしか見えない。
「どこか痛いならギーゼラを……」
「だいじょうぶ、だ。わたしはどこも痛くもない……」
「でも……」
「わたしは、大丈夫だ!」
涙で溢れた目を袖で無造作に拭いて、何事もなかったかのように振る舞う。不自然じゃないだろうか。
「ヴォルフ。何か辛いことがあれば言えば言ってくれよ。兄妹なんだから」
「いきなり兄貴面するな!」
「いきなりじゃなくていつも兄貴なんだけどな。はははっ、やっとヴォルフラムらしくなった。良かった元に戻って」
安堵の笑みを浮かべてわたしの頭を撫で子ども扱いするコンラートを少し頭にきたがわたしを心配してのことだから許すことにした。
「…それより、ユーリは。ユーリはどこへ行ったんだ」
「母上のところに、お前がまだ寝ている間に帰ってこられたんだ。快晴で海があんまり荒れていなかったから船が早く港に着いたらしくて……」
「そうか……。母上のところに行ってしまったのか」
「陛下は、すごく嬉しそうな顔をしていたな」
「……」
「…陛下はお前のことも大切にしているよ。でも」
ひどく言いにくそうな顔をしていたが、分かるんだ、コンラートが言いたいことは。
「母上を愛してる。わたしなんて、母上の代用品でしかない。分かってるんだそんなこと。それでいてユーリの妻になったんだから」
「ヴォルフラム……」
「愛してる。ユーリを。誰よりも。でもわたしはこの気持ちをユーリには言ってはいけないんだ。言ってしまったら母上の代わりですらいられなくなってしまう」
ユーリと結婚するしたいが為、わたしは自ら母上の代わりになると希望した。ユーリと婚姻関係を結べばビーレフェルト家は魔王との血縁関係を深くなり、政治の実権を握りやすくなる。我が家が安泰になる。また母上とも繋がりが深くなる、などなど。いかにもわたしは家の為に結婚したいと嘘を吐いた。またユーリもそれを疑うこと無くすんなり受け入れ、恋愛感情が一切無い政略結婚なら良心も苛まれることもないと了承した。
そうして、わたしたちは利害の一致で夫婦になった。
ユーリが身体を擦り寄せたりしたら、わたしは満足するまで貪られ喰われる続ける。
わたしにとったら、愛がなくてもユーリと触れ合えることは幸せという言葉以外表せないのだが、ユーリにとっては所詮母上の代用品。悪く言えば、性欲処理の人形でしかない、我儘なんか言ったらきっとすぐに疎まれ、飽きられすぐに捨てられる。代用品の価値なんてその程度だ。
「…いけないな。悲観してもしょうがないことなのにな」
自分が決めた道だ。
なら貫かなければ、自分が決めた道を歩むと。
「…取り敢えず夜着から着替えなければ。コンラート出て行ってくれ。たとえ兄妹であってあっても許さないぞ」
「はははっ、別にいいじゃないか。昔は一緒にお風呂に入った仲だろ?」
「そんなこと忘れたぞ」
「いつもの調子に戻ったな。泣きそうな顔よりも笑った顔の方がお前らしいよ」
と兄の笑みを浮かべて頭をポンポン叩き、踵を返した。
「…ありがとうコンラート」
兄なりにわたしを励ましてくれたのだと思うと身体の奥の中心が温かくなった。
わたしは大丈夫だ。これからもやっていける。
足をクローゼットへ向け、立ち上がった。
「もう陛下たったら。あんまりそんなことを仰るとヴォルフラムに怒られるますわよ?」
「本当ですって!おれツェリ様のことあいつより綺麗でこんな美しい人はこの世にいないっておれは思ってる……」
「…陛下。ふふっ、冗談でもうれしいわぁ〜」
二人は温かい太陽の真下、やわらかな芝生の庭で仲睦まじく談笑していた。ユーリの顔に見遣ると頬は緩ませ、わたしには絶対に見せない顔をしていた。太陽の光がユーリの顔を一層煌めかせているのか、恋している相手だからか。愛が溢れ出るくらいの温かい、優しい笑みを、母上に向けていた。一目でユーリが母上に特別な想いを抱いていると判る。
これが恋する相手に向ける顔なのか。
わたしはユーリ以外に恋はしたことがないから自分がユーリにどんな顔を見せているかなんて分からない。
でもわたしはユーリにこの身に抱えている想いを知られてはいけない。気づかれてはいけない。
「ツェリ様……。おれツェリ様のこと……」
「へ、陛下……?」
やめてくれ聞きたくないそんなこと。
愛するユーリが尊敬し愛する母上に愛の言葉を告げるなんて。
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
ききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくないききたくない
じんわりと目尻に浮かんでくる熱いものを流さないように上を向いた。そして無理矢理なかったことにすると、その光景を目にしないよう背を向け暗がりに逃げ込んだ。この切ない息苦しい想いを、全てを覆い隠してくれるような気がして。
「うううっっっ、ひっく、ひっく、うううっっっ、げほっげほっ、うぐっ、はあはあはあ…」
気管支に異物が詰まったみたいで息が肺に入ってこない。
くるしい、いたい、つらい。
もう、いやだ。むりだ……。
だれか、たすけて_____
いたむ胸を右手で鷲掴みにし、ひゅーひゅーと喉から漏れる呼吸と涙で汚れた顔を無視して壁伝いによろよろ歩く。
自分の部屋まで歩くのはなんてことはないはずなのに、この時ばかりは茨の道を歩いているようにも思えた。
辛く、苦しい、いたむ茨の道。
いや、この時ばかりは、じゃないな。今、ユーリとの関係を続けている限りはきっとこの道を延々と歩き続けるのだろう。
わたしは、これから耐えられるのか?
いや、耐えねば。自分で決めたのだから。
自分でこの険しく、永遠と続く茨の道を進むと。
「はぁはぁ、ゆぅり……」
息苦しさはそのうち慣れる、きっと。
だから、今は夢に溺れさせて。
ベッドに倒れ込んでシーツに顔を押し付けて夢の世界へ羽ばたいた。
近頃、体が妙に重い。空気の質量がずっしりと体全体にのしかかってくる。それに心なしかお腹が痛い。鎖をお腹に巻きついているようにも感じた。
いたい。
「いやだ、気持ち悪い……」
なんなんだ、いったい。
もしかして、体調が優れていないのはあれのせいなのか。
「ツェリさま……。大好き、世界で一番…愛してる……」
「陛下、あ、あたくしも陛下がすきよ…」
_____あの時、ユーリが母上に想いを伝えてから三週間。
二人はわたしに構うことなく着実に愛を育んでいた。
ユーリは母上の部屋に入り浸るようになり、わたしの元には帰って来なくなった。
まだ使用人らには知られてはいないらしいが、いつかは妻であるわたしが愛人であり、母上が本命だということが知れ渡るだろう。
白い手と手が重ねられ強く握り合われる度、黒と翠の宝石が見つめ合う度に二人の愛が溢れ落ちる。
それを遠目から見つめるわたしにはその間には入ることなんて到底できない。
光と光の間に一点の曇りは汚れでしかない。
耐えろ、わたし
耐えないと
耐えない、と
たえな、い、と
「うぅぅ。いたいぃ……いたいっぃぃぃ」
下腹部に強い痛みがじくじく針で突き刺されたように走る。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
苦しいよ
痛いよ
辛いよ
ゆうり助けて
もちろん心の中でユーリに助けを求めても助けてはくれない。自分でギーゼラのいる医務室に向かわねばならないのだが、下腹部にさらなる激痛が走ったので立ち上がることができず、地面に蹲るしかなかった。
あまりの痛さに耐えられなかった涙が一つ二つと玉となって落ちる。
もしも、やこのままだったらわたしは……。
ユーリ、ユーリ、ユーリ、
わたしは、わたしは、ユーリが、
「好きだ……ゆうりっ……」
そのままわたしは気を失った。
*****
……か。
……んか。
だれかが呼ぶ声がする。だれなんだ。
……でんか。
…ひでんか。
ユーリか?でも違う。
心地よい柔らかい呼び声がわたしを呼んでいる。
なあ、ユーリ。
わたしを呼んで。
最初に目が覚めた時に見るのは、ユーリがいい。
ユーリ、お願い。
ユーリにあいたい_____
……下。
……殿下。
「…妃殿下っっっ!目を覚まして下さいっ!」
一番最初に目にしたのは最愛の陛下、ではなく目尻に涙を溜めてわたしの左手を力強く握りしめ叫んでいる白衣の天使だった。
「ぎ、ギーゼラ…?」
「妃殿下が廊下に倒れていたので、急いで部下に頼み医務室に運ばせて鎮痛剤を投与し、処置しました。しかし、処置後も目覚めない妃殿下が心配で……。思わず、申し訳ありません。でも良かった、無事に目覚められたようで何よりですっ」
無理矢理明るい声で話すギーゼラは涙は残り、鼻をずるずる引きずっているようだった。
何だかんだ言って彼女とは幼馴染ともいえる関係だったし、余計に涙ぐんだのだろうな。
「ありがとうギーゼラ」
「お加減はいかがですか?どこか痛みが残るところはありますか?」
「ああ、取り敢えずは。処置してくれたおかげで今は、お腹は痛くなくなった」
「…よかった。ところで妃殿下、申し上げたいことがありまして……」
「なんだ?何かあったのか……?」
ギーゼラは複雑そうな顔で、口を開いた。
「妃殿下は……懐妊されて、います……」
「…はっ?じょ、冗談だろう?わたしが、妊娠?そんなわけない、そんなわけ……」
「…先程の激しい腹痛は恐らく妊娠の初期症状でないかと。他にも何か最近眠気が酷かったり、倦怠感はありませんでしたか?」
「…確かにあったが、でも、まさか。わたしがユーリの子を……?でも腹は膨らんでいないし、」
「初期症状ですし、それに腹部の膨らみの差は人それぞれです。妃殿下の場合は細身ですからもう少し経ったら変わってくると思います」
わたしは子がいるとは思えない腹をそっと撫でた。
ここにユーリとの子が……。
わたしとユーリの……。
そう思うと嬉しいようでもあり、一方で不安が過ぎった。
本当にユーリとの子なら、というかそれ以外にはあり得ない。わたしはユーリ以外の男と体を交わったことは生涯一度もない。無論、これからもそのつもりはない。
この身に宿った小さな命。
愛する人との、愛しい結晶。
嬉しくない訳がない。
でもわたしはユーリの妻あると同時に愛人でもある。
わたしは母上の代用品であり、性欲を晴らす為の道具だ。
愛なんて微塵もない。
愛する人に、愛されていないわたしに子が宿ったことを素直に喜べないのだ。
母上とユーリの関係は上々だ。いずれはわたしとユーリの仮の夫婦関係は世間に明かされる。そうしたらユーリはわたしとの婚姻を破棄し母上と結ぶだろう。そんなことになったら、これから生まれてくる子は忌むべき存在として罵られ、辱められ、陰鬱とした人生を歩むことになってしまう。
わたしだけならまだいい。どんなに誇りを傷つけられても構わない。でも、でも、わたしのせいでこの子を傷つけられるなんて……。
そんなの、耐えられない……。
「妃殿下。どうなさいますか?ここでもし、お産みになれば城中の者に知られます。勿論陛下にもお伝えしない訳にはいかないと」
「そう、だな……。隠し通すなんて無理なことだな。ユーリに知られずに産むなんて……。もし言ったらユーリは、この子のことをどう思うだろうか」
「妃殿下……」
「この子をどうするか、考えさせてくれ」
-----
愛する人との子をどうするか。
彼に言うべきか、言わざるべきか。
愛する人と愛する子ともに幸せな家庭を築きたい。
でも、そう思ってもきっと叶わないだろう。
自室の窓から夕闇の染まる空を見上げる。
ユーリのことを想う。大好きなユーリ、何よりも大切なユーリ。もしこの子のことを言ったら、ユーリはどんな反応をするだろう。
「ユーリ……」
「呼んだ?」
「うわぁ、ユーリ‼︎ど、どうしてここにいるんだ⁉︎」
「どうしたって……。それはこっちの台詞だよ。お前、廊下で倒れて医務室に運ばれたって聞いたぞ。具合はとか大丈夫なのか?」
ユーリはベッドに腰を掛け、わたしの額に額を近づける。触れ合う部分が熱を持ち始めた。黒の瞳がわたしにぶつかる。母上とではなく、今度はわたしとユーリが見つめ合う。わたしにしか愛情はなかったが、それでもあの時のような雰囲気を味わえて嬉しかった。まるでユーリと恋人になれたようで。
「うーん、大丈夫そうだな。顔色いいし」
「ああ、もう体調は大分良くなったから大丈夫だ。心配してくれたのか……?」
「当たり前だろ。だってお前はおれの奥さんなんだから。仮だけど」
「うるさいぞ、あっ、頭を撫でるな!子ども扱いするな!」
「うりゃうりゃ!ははっ、ほんとヴォルフは子どもみたいだからな。ついつい撫でたくなっちゃうんだよなー」
「コンラートと一緒じゃないか」
「…そうだ、ヴォルフに言っておきたいことがあってさ、」
"ツェリ様と結婚しようと思うんだ"
「そうか、良かったな。念願の母上と結婚できて」
「…きっと眞日に取り上げられたらお前とのこと色々言われるんだろうな〜〜〜。お前の叔父さんから滅茶苦茶怒られて、その上殴られるんだろうなぁ…」
「分からないぞ、むしろ祝福してくれるかもしれない。叔父上はお優しい方だから」
「でも結果的には叔父さんの大切な姪っ子を傷つけたことには変わりないだから、さ」
傷つけた?
ユーリは何に対して傷つけたと言うのだろう?
地位か、誇りか、それともわたしの心_____?
まあそんなはずがないか。
ユーリがわたしの心を汲み取るなんて、ありえない。
「幸せにな、ユーリ」
「ありがとヴォルフ。じゃあ、おれ行くな」
腰を上げて背を向けて出て行こうとする。
ユーリはもう、わたしとは終わりなんだ。偽りの夫婦ですらなくなってしまう。
ユーリ、行くな。
嫌だ、行かないで、行かないで。
「行かないでくれっ‼︎」
「ヴォルフ?うわぁっ!どうしたんだよ」
遠のいて行く背中を引き止めたかった。行ってほしくなかった。だから、ユーリの背中に勢いよく抱きついて止めた。本当はそんなことしてはいけないと判っている。でも……。
「いかないで……。いかないで……ユーリっ……」
「ヴォルフ……。どうしたんだよ、本当に」
まさかわたしがこんな反応すると思っていなかったのだろう。背中に縋り付いて、いかないで……。いかないで……。と泣くわたしにユーリはおろおろと困惑する。
「…なんだ……」
「なに?ヴォルフ良く聞こえな」
「好きなんだ、ユーリが……。世界で、いちばんっ!愛してるんだ……!」
言うつもりはなかった言葉。しかし、心の枷が外れたかのように涙とともに溢れ出すユーリへの想い。ずっと心に留めていた想いは止められなかった。
「うそだろ、そんな、だって、お前おれと結婚したのは家の為だって。恋愛感情なんかないって言ってじゃん‼︎」
「嘘だったんだ。だってそうでも言わないとユーリとなんて結婚できないと思って……。ユーリが好きだから、愛してるから、嘘でもいいから仮の夫婦になりたかったんだ……。お前にとって母上の代用品でもっ、性欲処理の人形でもっ、ユーリと一つになれて嬉しかった。生まれて初めて味わう最高の幸せだった……」
「……」
「でも、ユーリへの愛は、想いは嘘じゃないっ!命を懸けてもいい!お前を好きだっ、愛してるっ、母上よりもずっと、ずっと前から……。お前を、ユーリを……」
「そっか、でもおれはツェリ様を愛してる。お前がおれを愛しててくれてもそれは永遠に変わらない。…ごめん……」
わたしよりも泣きそうな、申し訳なさそうな顔をして唇を少し噛んでいた。
そんな顔を見てわたしも胸が痛くなる。違う、ユーリにこんな顔をさせたかったわけじゃないのに。
「わかってる。ユーリはわたしを愛さないことは……」
「…ごめん」
「ユーリは悪くないぞ。ほらっ、ユーリがなんでそんな顔をするんだ?」
笑ってくれ、とユーリの柔らかい頬を横にぐにっーと引っ張る。悲しい顔をしてほしくない。
ユーリには太陽のように光り輝く国の未来をも照らす笑顔でいてほしい。
これから先、新しい愛する伴侶ともにずっと幸せな家庭を築いてほしい。
「ユーリ幸せになってくれ、わたしの分まで母上を愛して下さい。母上となら必ずいい家庭が築ける」
これは本音だ。愛するユーリも愛される母上が幸せになることは、わたしにとっても幸せの極みだ。
「…分かってるって。勿論一生幸せにするよ」
「…ありがとう。幸せにな……ユーリ」
そしてさようなら、ユーリ_____
わたしはその瞬間、新しい命との未来を決めた_____
_____三度目の夏が訪れた。
お前がいなくなって三度目の夏。
じりじりと照りつける太陽が肌をこんがり焼いて、汗を噴き出させる。シャツに汗がへばりついて鬱陶しい。眞魔国のみんなはおれを太陽だのなんだの言うが、今の時期はその太陽を恨めしく思い、キッと睨みつける。
「あー、あつい暑い。マジで暑い。つか、こんなところにあいつがいんのかな……」
おれは眞魔国の外れたとある森に愛馬のアオを連れて、ある人物を探しに来ていた。
アオも舌を出し、体から汗を噴き出していてぐったりした顔。あからさまに暑そうだ。足取りもゆらゆらしている。
馬も人間と同じように疲れるのだなとしみじみ思う。
手綱を取り、しばらく歩き進めると森の出口が見え、ベテラン諜報員のグリ江ちゃんに教わった小高い丘に出た。そしてその先に真っ白なシーツが干され夏の爽やかな風になびいている、こじんまりした小さな家が見えた。
あそこか_____
二人が住む家は_____
家の中を窓から覗いてみると、二人の姿はなかった。
おれはアオの紐を近くの木に結んで、行ってくるなっ、と頭を撫でた。アオはヒヒーンと行って来いと言わんばかりの鳴き声でおれを送り出してくれた。
彼女らの家の扉のノブに手を掛け、回すと鍵はかかっていなかった。誰もおらず、留守だった。
不用心な。誰か入って来たらどうするんだ。女子どもだけで、守ってくれる人なんていないんだから。もし他に男を作っていたら、それはそれでムカつくけど。
「…おじゃましまーす……」
小さな声で忍び足で家に入る。見た目はこじんまりして小さな家だったが中に入ってみると案外奥行きがあり、魔王部屋を一回り狭くしたような大きさだ。ぐるっと回ってみると入るとすぐにキッチン、ダイニング、奥はリビング。玄関から入ってすぐ右の部屋は寝室。赤ん坊が泣いてもすぐ対応できるようにか、ヴォルフラムが使っているであろうベッドの隣にベビーベッドが置いてある。そのベビーベッドの隣にももう一つ別のシングルサイズのベッドが置かれていた。 あとは他の扉を開けてみてるとお風呂場、トイレとか。取り敢えず生活できる設備はあって良かった。
ちゃんと二人が生活できているようで、安心した。
「…ヴォルフ……」
会いたいな。二人に。早く帰って来ないかな……。
また寝室に入り、ヴォルフラムが使っているベッドに体を沈める。ヴォルフラムの匂いが染み付いた枕に顔を埋めて、くんかくんかと嗅ぐ。いい匂いだ。心が落ち着く。
早く帰って来て、ヴォルフラム。
会いたいよ。
最愛の人たちに_____
心の中で会いたい、会いたいと何度も呟く。
目を瞑ってしばらくするとアオが鳴いたので、窓の外を見ると何か白い塊のようなものを抱えた金色の髪を輝かせる美しい天使がこちらに向かって来ていた。それを見たおれはすぐさま飛び出し、扉を勢いよく開け彼女らを出迎える。
「…ヴォルフラム……」
ずっと会いたかった人の名前を呼ぶ。
「…ユーリ……。何故ここにいるんだ」
ヴォルフラムはあからさまに嫌な顔をして一歩ずつ歩いて来る。
「…お前に、ヴォルフラムに、その子に会いたかったんだ……おれの子に……」
ヴォルフラムは抱える小さな塊をおれに見せないように布で顔を隠し、その子をおれから遠ざけた。
「…わたしはお前に会いたくなんてなかった。それにこの子はお前の子なわけないだろう。邪魔だ、どいてくれ。そしてさっさと城に戻れ。二度と来るな」
キツイ言葉を淡々と並べて、おれを退いて家に入ろうとする。
その口調と言葉と態度に心が傷つくがこんなことでへこたれるわけにはいかない。そんな小さい意志でここに出向いたんじゃない。
「退かない。おれは、お前とそのおれたちの子を取り戻しに来たんだ」
「何を馬鹿なことを……。仕事の息抜きに昔の汚点に会いに来たと……。魔王陛下は随分とお暇なんですね」
くすくすっ、と妖しく笑う顔なんて初めて見た。この三年で体つきも、美しく、艶ぽっくなった彼女に胸を射抜かれ鼓動が速まる。母になるとはこういうことなのだろうか。
「お、おれは……。本当にお前に会いたくて会いたくてたまらなくて。今だって綺麗で色ぽっくてすげードキドキしてるし、こんな人がおれの妻だなんて改めて思ったり……」
「貴方の妻だったのは昔のことでしょう。冗談はやめて下さい。今は素敵な貴方の想い人が伴侶でしょう?わたしたちなんか構わないで、城に戻ったら如何でしょうか」
それでは、といそいそと通ろうとヴォルフラムの肩を掴み、その腕に抱える小さな塊を包む白い布をめくり上げる。
「なにを……、やめろっ!」
「うわぁ……。かわいいっ……」
漆黒の闇を秘めた煌めく宝石を持ち、ヴォルフラムに似たのか透き通るような肌と小さいぷっくりした唇。間違いない、おれの子だ。端正な顔立ちに生まれたのは母親似だが、黒目黒髪なところは父親似だ。
「おれとヴォルフラムとの、子……」
感無量だった。こんなにも愛らしい天使がこの世に生まれ落ちたなんて。大切な人との子で何より嬉しかった。
だが、
「ちがうっ‼︎この子はお前の子じゃない!何かの間違いだ!」
あくまで否定するヴォルフラム。黙ってられないおれも食ってかかる。
「じゃあ誰の子だよ、誰との間に出来た子どもだよ‼︎言ってみろよっっっ」
「……」
顔を背けて答えようとはしない。あくまで認めないつもりか。答えはもう出ているのに。
「…お前は、おれ以外の男として出来た子どもでも産むのかよ。その辺の男となら誰とでもして、そんな奴に種を植えつけられて、その腹に孕んだ子を産むのかよ⁈」
「それは……」
「それに黒髪って……。そんなの、この世界で二人しかいないじゃん。もしかして村田?でもあいつがヴォルフと……。そんなこと考えたくないけど!」
一旦速まる心を落ち着けて、両肩に手を置き言った。
「…お前は愛してる奴以外の子どもなんて産まないだろう……?なあ、ヴォルフ。誰の子なの?なあ、ヴォルフ」
言って欲しい。お前の口から直接聞きたいんだ。その漆黒の闇を秘めた宝石でおれを見つめる端正な顔立ちをした愛らしい天使の父親は誰なのか。
もし、お前がこの子を産んだ理由がおれとの子だったなら。
もし、お前がおれをまだ愛しているのなら。
それはお前が今もおれを想っていてくれているのだと、自惚れてもいいか。
「…わたしは……」
ヴォルフラムの返答を聞こうと唾を呑み込み、耳を澄ますがタイミングよく
「ふぇ、ふぇ〜〜〜。うわぁぁぁ〜〜〜ん。うううぅぅぅ……」
可愛い我が子は泣き出してしまった。あんまりうるさく親が騒ぐものだから、子は気分を害したのだろう。ヴォルフラムはおろおろしつつも、揺らし子をあやす姿は母そのものだ。
「ユウム!よしよし、いい子だ」
「…ごめん。おれ……」
「取り敢えず家の中に入るぞ。そこでこの子が寝たら話し合おう」
その言葉に素直に頷いた。確かにこんな暑い中、お互い辛いし、何より我が子が大変なことになる。許可なく既に入った二人の家に、正式に招かれ足を踏み入れた。
*****
すっかり泣き止んでベビーベッドですよすよ寝息を立ててる我が子をさっきまでのいざこざを忘れ、二人で見つめ微笑み合った。そしてダイニングに戻り、ヴォルフラムは透明なグラスに氷を入れお茶を注いでくれた。
「…ありがとう」
「ああ、ユーリ、さっきはすまなかった。色々と……。大人気なかったと思う」
「おれも悪かった。ごめん……」
お互い落ち着きを取り戻し、冷静に話し合うことを決めた。
「それで、まずヴォルフラムが産んだ子、ユウムって名前なのか?その子は誰との子なんだ?」
「…ユーリとの子だ。間違いない。今までユーリと以外やましい関係を持った男はいない。命を懸けてもいいぞ?…わたしはお前を愛していたから……」
「…ヴォルフ……。そっか、そっか、やっぱりおれの子だったんだ。よかった、ほんとに」
それを聞いて安堵の涙がほろり。本当におれの子で良かった。
「でもなんでおれの前からいなくなったんだよ。おれと、ツェリ様が結婚するって言ったからか?」
「…そうだ。二人の邪魔になると思ったから。二人が幸せになるのに、わたしとこの子がいたら邪魔になるだろう?それに二人が結婚したらいずれ、わたしとユーリの今までの関係が明らかになる。あのまま城に居たらこの子はきっと忌み嫌われ、迫害される。そうなったらこの子の未来はどうなる?わたしはこの子にはのびのびした明るいを築いていってほしかったんだ……」
「だから、誰にも知られない所で静かに暮らそう、って?」
「そうだな。お前だってその方が好都合だろう?鬱陶しい邪魔者が消え、愛する母上と一緒になれるんだから」
「…あの子が腹の中にいたのはいつから?」
「ユーリに積年の想いを伝える前に……。倒れたのもこの子を身籠ったことが原因らしい……。どうするか悩んだ。お前に言うべきか、言わないべきか。でも結局言わなかった。お前に振られたしな」
ひじをついて、手を組んで顎を乗せた。そしてそのまま窓の外を、遠くを見つめて悲しそうに、寂しそうにそう答えた。
「聞きたいことはそれくらいか?ならわたしも質問していいか?」
「うん、どどうぞ」
今度は逆におれが質問される番らしい。
「母上とは上手く行ってるのか?」
「…実はさ、お前がいなくなってさ、ちょっとギクシャクしちゃってさ。はははっ……」
「笑いごとじゃないだろう!母上とあんなに仲睦まじそうに笑い合って、愛を語らっていたのに……。わたしが、悪いのか……?」
「ちがっ!お前は何にも悪くないっ!全部おれが悪いんだ!おれがツェリ様も、お前を傷つけて……。おれな、お前がいなくなって、ツェリ様と一緒に過ごして行くうちになんか寂しくなっちゃって。おかしいよな、念願のツェリ様との結婚に嬉しいはずなのに。その前から、告白してからもずっと一緒だったのに……。それでさ、今さらおれ気づいたんだ」
柔らかいか細い手をおれの手で優しく包み込む。抱擁するように固く、強く。想いが、伝わるように。
これは一世一代の、本当に愛する人への告白だ。
速まる鼓動を体で感じながら、深呼吸し落ち着けさせ想いを言葉という形に変える。
おれは_____
「ヴォルフラムが好きだ。お前を愛している。お前の過去も、未来も、ずっとその先も。お前と、ユウムと一緒に歩んで行きたいです」
「…嘘だ。信じない。お前が愛するなんて永遠にないことだ。ありえない。大体お前は……。そうか、わかったぞっ!お前はこの子が欲しいんだろう?この子を欲しいが為に愛しもしないわたしに愛を囁いて、この子をわたしから奪いたいんだろう?そうだろう?それ以外考えられない」
ヴォルフラムはおれの手を振り払って、いきなり立ち上がった。そして勝ち誇った子どもみたいな顔をしておれに指を差した。
「違うっ、ほんとにおれはお前を好きなんだっ!確かにおれはツェリ様が好きだ。一目惚れだったよ。でもそれ以上にお前を愛してることに気づいたんだっ。…おれは、お前をツェリ様の代わりにした!ツェリ様と付き合いが為にお前を利用した!お前の気持ちを全然考えずに踏み捻った。傷ついたと思う。苦しい想いもさせたと思う」
「お前に何が……。お前にわたしの気持ちの一欠片でも判るのか?お前が母上に想いを馳せている間、わたしは何度枕を濡らしたこと。いや、そんなこともうどうでもいいな。そもそも、わたしたちはお互いの利害が一致した夫婦だったんだ。気持ちなんて考えなくて良かったんだ。わたしがどれだけ想っていようとも、ユーリは関係のないことだ。そうだ。むしろお前は正しかった。母上とともになりたいという自分の本能に従っただけだ。うむ、ユーリは正しいことをしたんだ。わたしの気持ちを考える方がおかしいんだ」
「ちがう!おかしくなんてない!人の気持ちを考えることは人間にとった何よりも大切なことだ。それをおれは馬鹿だから、考えないで自分勝手に行動して……」
「お前は魔王だ。自分勝手に行動していいんだ。お前が誰と付き合おうとも、体を重ねようとも、わたしは干渉してはいけないんだ。むしろわたしが馬鹿だったんだ。勝手に傷いて、勝手に泣いて、勝手に苦しんで。本当にわたしは愚か者だ。お前は何も悪くない。何も悪くないんだ」
おれの頭をゆっくり、優しく撫でる。ヴォルフラムの翡翠の瞳を見ると憂いに満ちていた。
「ヴォルフラム……。おれは、おれは」
「もういい。やめようこんな話。続けたってお互い幸せになれるか?なれないだろう?こんな話し合い、無意味だ」
不毛だ。終わりにしたい。
そう意味合いの言葉を表情からも読み取れた。ヴォルフラムはおれの本音をそう簡単には受け入れてくれなかった。それもそのはずだ。だってこれまで見知らぬ間にお前を傷つけ苦しめ、奈落の底に突き落としていたのだ。お前自身が気持ちを隠すのが上手くて、気付かなかったのもあるし、恋に盲目だったのもある。
今まで報われない想いを相手に抱き続けて、もがき苦しんできた人にいきなり好きだの、愛してるだの言ってもそう簡単には信じてはくれない。当然だ。それくらい酷いことをしていたんだ。
だから、今度はおれの番。今度はおれがお前を想い続ける番だ。
「…でも、おれはお前が好きだ。愛してる。それはこれからも変わらない。今は信じてくれなくてもいい。いつか伝わってくれればそれでいいよ。おれが信じてくれるまで、待つから」
「そんな日が来ると思うか?自惚れるのも大概にしろ。わたしの想いとお前の想いが掛け違えてる」
「掛け違えてなんかないよ。おれはお前が好きだし、お前もおれが好きだろ?両想いじゃん。ちゃんとした両想いの形になるまで、諦めないから」
「…勝手にしろ」
はぁっーーーと盛大に溜め息をついてユウムのいる部屋に向かった。半分呆れ顔であるが、一応ヴォルフラムを想ってもいい許可?をもらえた。
悪いけど、負けず嫌いだから。
そう簡単には諦めません。
自覚してからのおれはすごいんだからなっ。
お前がおれの本気を信じるまで付き纏ってやるから覚悟しろよ。
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ユーリがうちに来てもう何日も経つ。魔王なのに、こんな所に居ていいのかと思う。勝手にしろとは言ったものの、多忙で伴侶を持つ魔王がいつまでもこんな場所に居ていいはずがない。
城の重鎮たちは一体何をしているんだ。あるいは王が不在なので、その激務に追われているとか。兄上もギュンターも優秀だからな。だから誰もユーリを迎えに来ないのか?でもユーリの護衛のコンラートは?あいつならすぐにでも探しに来るはずでは……。母上だって心配しているはずだ。伴侶がいないのを心配しないはずがない。
当の本人は息子を呑気に高い高いして、遊んでいる。ユウムは父親に遊んでもらって満面の笑み。きゃっきゃっ、楽しそうだ。
わたしとしてもユーリが居ることでユウムの面倒を見てもらえて、その間に家事を済ませられるから楽で助かる。結局はわたしもユーリが居てくれて嬉しいんだ。
そう、ユーリが居てくれて嬉しい。
今ユーリのわたしへの想いは正直、半信半疑だった。
うちに居るようになって、ユーリはわたしに毎日必ず、"好きだ"や"愛してる"を言ってくれた。また昔のように体を求めては来なくなった。
ユーリが言うには、
「お前がおれの気持ちを信じてくれるまで、触れ合わないから」
らしい。
昔みたいに気持ちがすれ違いたくないと。変な所は真面目なんだ、あいつは。
ユーリは本当にわたしを愛しているのかもしれない。でも、怖い。
ユーリを信じたいが信じていいのか分からない。
頭の中で色々な葛藤が入り乱れる。
楽しそうな親子二人を洗濯物を干しながら見守る。
なんか、いいな。
このまま一緒に三人でここで過ごすのも悪くないな。
「ヴォルフっ!こっち来いよ!」
眩い光を放つユーリが何よりも愛しい。太陽と太陽の子を愛してる。
「仕方ないな……」
風がわたしの背中を強く押した。追い風は髪を巻き上げた一瞬前が見えなくなった。吹き上げられた金の髪の一本一本の隙間から二つの人影が見えた。
それがだんだんこちらに近づいて来る。
「誰だ……」
それは近づいて来るうちに見覚えのある二人だった。
「コンラートと、母上……」
二人がユーリを取り戻しに来たのだ。
「ヴォルフラム……。陛下……」
「ツェリ様、コンラッド……」
無邪気で明るい母しか知らないわたしは悲しそうな表情を浮かべた母に胸を痛めた。
「母上……」
「ヴォルフラム。会いたかったわ……」
ユーリを取り戻しに来たのかと思った。
しかし、母上は娘であるわたしの元へ来た。
「……」
なんと言っていいか分からなかった。城から逃げ愛人となった娘に伴侶となった母は何を思って会いたかったと言ってくれたのか。
「陛下、コンラート。あたくしヴォルフラムと話したいの。いいかしら……?」
ユーリたちはそれを目で頷き、三人はわたしたちから離れたところへ移動した。わたしと母上だけがその場で残った。
「座りましょう、立っているのは辛いでしょう」
「…はい」
静かに草の上に座り、母上に体を向けた。だが、母上の顔を見るのが怖くて目を背けた。
「…ヴォルフラム。あたくしは。あなたに謝りたかったの」
「…母上がわたしに謝る?そんな。母上が謝ることなんてありません」
「聞いてヴォルフラム。あたくし、あたくしはね。あなたの気持ちを考えずに、陛下と……」
「いいんです。ユーリは母上を愛していますから。母上もユーリを愛していて……。本当に幸せそうでわたしも娘として嬉しいです。ユーリとの結婚生活はどうですか?今ユーリはここに居座ってますが……。ですが、母上が来たらもう大丈夫ですねっ」
「ヴォルフラム。あたくしとね、陛下は結婚していないわ」
「冗談はやめて下さい母上。何をおっしゃるんですか?」
母上の冗談にわたしは信じられなかった。
ユーリと母上が結婚していない?
かといって母上が嘘を言うように思えなかった。
「何故ですか?母上とユーリはあんな、愛し合っていたのに……」
そういえば、ユーリに母上とは上手く行っているか?と聞いた時にギクシャクしていると言っていた。
それは一体……。
「…ヴォルフラム。あたくしね、思うのよ。陛下はあたくしの中のヴォルフラムを見ていたんじゃないかって」
「どういうことですか…?母上」
「あなたがいなくなって、一緒に生活していくうちにあなたの温もりが恋しくなったみたいで寝言でヴォルフラムの名前を呟いていていたわ。悲しそうに、寂しそうに。陛下は本当は心の中ではあなたを愛していたのよ」
「そんな……。ユーリは母上に一目惚れして、本当に母上を心から愛しています。わたしなんて、母上の代わりでしか見られていなくて、何度も何度も枕を濡らしました。ユーリはわたしを愛することは永遠にない。永遠に変わらない運命を嘆く日々でした。だからわたしはユーリと母上が結婚することを知って、邪魔にならないよう、ユウムとともに誰にも知られないような場所へ……」
「そうね、陛下はきっとあたくしを本当に愛していたのかもしれない。でもね、陛下は気がついていなかっただけで、本当の運命の人は身近にいたのよ。あたくしもその頃は誰も側にいてくれなくて寂しかったから、陛下からの寵愛が嬉しくて、あなたの気持ちを考えずに……。陛下との結婚に舞い上がっていたのよ。大切な娘の大切な人を奪って……。あたくしは母親失格だわ……。ごめんなさいヴォルフラムっ!あたくしっ、あたくしっ……」
「いいえっ!母上は悪くありません!わたしは母上を憎んだことも、恨んだこともありませんっ!わたしはユーリも、母上も愛しています……」
そう言って肩をぶるぶる震わせ、涙を流す母の体を優しく抱き締めた。
大好きな母上。恨むはずがない。
「ありがとう。ヴォルフラム。あなたも陛下をこうやって優しく抱き締めてあげなさいね。陛下はあなたを本当に愛しているから。信じてあげて、陛下を。陛下への愛を……」
そう言いながら母上もわたしの体を抱き締め返した。
そして耳でぽつりと呟いた。
「…あなたのことを愛しているから、あなたとの子もあんなにも愛を注いでいるのよ」
「そうなんですか……?」
「そうよ。じゃないとあんなに楽しそうな顔しないわ」
離れたところでユウムを一生懸命あやしているユーリを見ていて確かに楽しそうだった。
ユーリのわたしへの愛_____
信じていいのだろうか_____
「夜もどっぷり浸かちゃったな。ヴォルフラム。先に風呂入っていいよ。おれ皿洗っておくからさ!さっきまでユウムがくずっててお風呂入りそびれたろ?」
「ああ、ありがとう……」
ユーリが優しい。そんな気遣いが素直に嬉しい。
ふと、母上の言葉が思い浮かんだ。
"陛下を優しく抱き締めてあげてね"
"信じてあげて、陛下を"
わたしはユーリを信じたい。でも怖い。ユーリが本当にわたしを愛しているのか。
「ユーリ……」
母の言う通り、試しに彼の背中に顔を寄せて後ろから抱き締めてみた。
「…ヴォルフ。おれはお前がちゃんとおれの気持ちを信じてくれるまで、お前とは触れ合わないって言ったじゃん。昔みたいに、気持ちがないのに体だけの関係になんかなりたくないから……」
そう言い、体を引き離した。
ちゃんとわたしを待ってくれている。それは嬉しい。
でも……。
「…ユーリ。わたしは怖い。お前がわたしを愛する気持ちを信じていいのか……」
「それは……。信じられないのはおれの責任だから。だから、すぐにじゃなくていいから。ゆっくりでいいから、なっ?」
頭を撫でて気持ちを落ち着かせてくれる。
やっぱりユーリが好きだ。
わたしのことを想って、ちゃんと待っててくれるユーリが。
「ユーリ。わたしはユーリが好きだ。愛してる」
「おれも。おれもヴォルフラムが好き。愛してる」
「なら、問題ないな。ユーリ、ほら行こう」
「はっ?どこへ行くんだよ、ヴォルフっ⁈」
状況を理解してないって顔をするユーリの服の裾を引っ張って寝室に連れて行く。そして、ユウムが眠る中ベッドに押し倒してその上に跨る。
「…ヴォルフラム、さん?」
「夫婦は愛を確かめ合うのにそういうことをするだろう?なら、確かめ合おう。お前の愛とわたしの愛を、なっ?」
「後悔、しない……?」
「しないぞ、むしろ後悔するのはお前の方だと思うが?」
「そんな訳ないだろっ!もうぉ!」
今度こそ本当の愛のある抱擁し、唇を重ねる。
心も、体も、全て、愛を重ね合った。
「はあぁ、今日でこの家とお別れか……。寂しいな。三人の愛の家」
「仕方ないだろう?いつまでも魔王であるお前が城を空けるなんて許されないぞ。兄上やギュンターだって限界があるんだからな。ほら、早く行くぞ。ユウムが眠っている間に帰らないと」
「はいはい妃殿下の言う通りですーーー」
「なんだ!その適当な返事は⁈」
「怒んなって、可愛いなぁ奥さんは♡」
ふざけたことを言うユーリを他所に、待ちくたびれているアオに跨ろうとするが、ユウムを抱えているせいか上手く乗れない。それに気づいたユーリは体を持ち上げ乗せてくれた。
「ほらっ、ヴォルフおれに頼れって」
「ならわたしをちゃんと見てろ、バカユーリ」
「はいはい」
憎まれ口を叩きつつ、住み慣れた家に背を向けた。
さよなら、そしてありがとう_____
昔のわたしならユーリとこんな関係になれるなんて想像もしていなかった。
なのに今、こうして二人で一緒に未来へ歩いている。
いや、三人だな。
愛する二人とともに、過去も、現在も、未来も、抱いて生きて行く。
愛しい人の傍らで昔とは違う意味で涙した。
END
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